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徳島地方裁判所 昭和29年(行)5号 判決

原告 西村徳三郎

被告 貞光町長

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十九年三月三十一日三木満に対し、徳島県美馬郡貞光町大字貞光字西浦百二十七番地ノ十宅地四坪一五(以下「本件土地」という。)を価額五千八百円で売却した処分はこれを取消す。被告は原告に対し、本件土地を金五千八百円で売渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次の如く述べた。

昭和二十八年八月頃徳島県美馬郡貞光町の町道西浦線改修の結果本件土地を含む二十一坪二五の土地が廃道となつたので、被告は昭和二十九年三月三十一日本件土地を、貞光町議会の同意を得て、地先地主または使用権者としての三木満に価額五千八百円で売却した。然し、三木は同町西浦百二十七番の九に土地を所有しているとはいえ、右土地は廃道沿いに存在せず、現在の町道西浦線を越えた東側にあり、廃道の地先地主ではない。また、貞光町が三木に対し本件土地使用権を与えたことなく、単に三木が廃道沿いに立てゝあつた貞光町掲示板下の約八合五勺の場所を正当な権限なく占拠して物置に使用していたのにすぎず使用権者でもない。(仮りに使用権者であるとしても、昭和二十八年九月二十七日町議会協議会において廃道敷地は地先地主に対し公平に売却する旨協議しているので、使用権者としての三木に売却するのは、右協議に反し失当である。)従つて、被告は地先地主または使用権者でない三木に本件土地を売却したことになるので、この点において、議会の同意を得ずして売却したことに帰し、違法であるからその取消を免れない。

ところで、原告は廃道沿いに宅地八十九坪一二(廃道に接する間口六間二分)を所有しているのに対し、被告より僅か二坪の売却を受けたのにすぎないから、三木との比較上よりすれば、本件土地は当然原告が売却を受け得られるものである。

よつて、原告は被告に対し、三木に対してなした本件土地売却処分の取消及び本件土地を代金五千八百円(三木に対すると同額)で売却すべきことを求めて本訴に及んだ。

被告の本案前の主張(一)に対し、被告のなした本件土地売却行為は、一方において私法上無効な行為である反面、行政上の見地よりすれば違法な行政庁の処分に該当するものである。但し、本件においては、私法上の無効及び取消原因の主張はしない。同じく(二)の主張に対し、被告がすでに売却を欲し、相手方を地先地主に求めている以上、原告が当然売却を受けられるべき権利を有していたから、被告の行政処分によりその権利を毀損されたものである。(三)の主張は争う。本案に関する主張を否認し、被告は、たとえ三木が使用権者であつたとしても、地先地主でなく且つ一坪未満の土地使用権者三木に対し、五倍以上の土地を売却する反面、広い土地を有する原告に本件土地の半分に充たない土地しか売却せず、議会の同意前すでに自己の政治的支配下の美崎和人をして買受人を選定させ、その売却代金を得ていたものである。と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は第一次的に主文同旨の判決を、第二次的に本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案前の主張として次の如く述べた。

(一)  被告が、三木満に対してなした本件土地の売却は私法行為であり、「行政庁の処分」に該当しないから、本訴は不適法として却下を免れない。行政処分は行政庁のなす公法上の法律行為であり、公法上の効果を生ずべき単独行為である。本件においては、被告が貞光町有の本件土地を三木に対して売却したもので、私法上の売買契約にすぎず、たゞ貞光町が地方公共団体であるところより地方自治法第二百四十三条の議会の同意が必要であつただけである。若し、三木が本件土地の買受けを欲しなければ被告と売買契約をしなければよいのであつて、決して行政庁が一方的に相手方に対し売却処分を行うものではない。

(二)  仮りに、被告の本件土地売却処分が「行政庁の処分」に該るとしても抗告訴訟において訴権を有するものは、違法処分により自己の権利を毀損された者であることを要するが、原告は、被告の三木に対する本件土地売却処分により何らの権利も侵害されたわけではないから、訴権を有せず、本訴は不適法として却下すべきものである。本件土地売却処分により原告所有地、住居、営業その他広義の生活権、自由権を何ら侵害しないのみならず、原告は、被告が本件土地を三木に売却しなければ当然本件土地の売却を受けられたという権利を有するものでもない。

(三)  仮りに(一)(二)の主張が理由がないとしても、被告の本件土地売却処分は行政庁の自由裁量に属し、違法性を欠くから本訴は不適法として却下すべきものである。町有土地売却処分の相手方選択、土地範囲の決定が全く行政庁の自由裁量に属することは、地方自治法第二百四十三条に町有財産の売却は原則として競争入札により、これによらないときは議会の同意を要するとしていることから明らかであり、本件においては全く無関係の第三者が落札すると、土地関係者に迷惑を及ぼすことが充分予想されるのでこれを避けるため議会の同意によつたのであり、相手方選択についても公平妥当な見地より行つた。また本件土地売却の如き権利又は利益を賦与する行為は、権利を制限剥奪する行為と異なり、法律上覊束する要なく行政庁の自由裁量としても何等支障がない。」

本案に対する答弁として被告が原告主張の如く議会の同意を得て本件土地を三木満に売却し、二坪を原告に売却したことは認めるがその余は争う。

(一)  被告のなした本件土地売却処分は、その自由裁量権を濫用したものでもなければ、その限界を越えたものでもなく、従つて違法な行政処分ではない。

すなわち、本件土地売却が被告の自由裁量に属する以上必ずしも廃道に沿う宅地の広狭により売却の相手方を選択し、売却土地の範囲を決する必要はなく、むしろ広い視野に立つて町の実情を視察し、町民全体の福祉を考慮し弾力性ある配慮の下に公益的な立場からこれを決しなければならない。ところで、三木は狭隘ではあるが、廃道に沿い同所西浦百二十七番地の九に八合五勺の土地を所有し、右地上及びこれより僅かの部分廃道上にまたがつて薪炭置場として使用していた地先地主または使用権者であり、(現実の状態は、徳島地方法務局貞光出張所備付の土地台張図面関係位置と全く異つている。)廃道に面してパン製造業を営み、本件土地は、その営業用燃料の置場として絶対必要且つ充分な広さであるのに反し、原告宅地は道路四つ角にありその家屋は北向で貞光駅に通ずる県道に面して建つており、専らこの道路に依存し、廃道に依存することがない。

(二)  原告は行政庁の処分を命ずる判決も求めているが、裁判所は違法処分の取消変更をなし得るにすぎず、行政庁に対し給付判決をする権限を有しないから、この点の請求は失当である。

(立証省略)

理由

被告が三木満に対してなした本件土地売却は私法行為であり、行政庁の処分に該当しないから本訴は不適法として却下すべきであるとの被告主張について判断する。

昭和二十八年八月頃徳島県美馬郡貞光町々道西浦線改修の結果本件土地を含む二十一坪二五の土地が廃道となつたので、被告が、昭和二十九年三月三十一日本件土地を貞光町議会の同意を経て三木満に価額五千八百円で売却したことは当事者間に争いがない。

被告が右の如く地方自治法第二百四十三条に定める議会の同意を経て町有財産である本件土地を三木に売却した行為は、私法行為であり私法々規の適用を受けるべき売買契約である。この場合の議会の同意は、貞光町が地方公共団体である関係上、売買の内部的意思を決定するために必要とされたもので、本件土地売買の意思表示の一成立要件であるにすぎない。また被告が右同意の議決に基いて執行機関として執行したものとしても行為者の如何は行為の性質に影響を及ぼすことがないから、これによつて右行為が私法行為たる性質を失うものではない。従つて、被告の本件土地売却行為は、行政事件訴訟特例法第一条にいう「行政庁の処分」に該当しないのみならず、「公法上の権利関係」にも属さない。(尤も、地方自治法第二百四十三条の二所定の事情があつて監査請求訴訟を提起し得る場合は別論である。)

よつて右売却行為を行政処分であるとし、これを前提とする原告の本訴請求はその他の点の判断を俟つ迄もなく、不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 小川豪 宮崎福二 高木積夫)

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